オヤコラ    *genkiblog*

ブログ創業2003年4月

4月16日、本日は、キリスト教的には復活祭。ハッピーイースターです。

復活祭は宗派、国、地域で呼び方も日程も違うらしいのですけど、おおむね、皆様それぞれこの頃に執り行っているみたいです。

エジプトではキリスト教会でテロがあり、スペインでは騒動が有り死者を出している。

人間キリストが処刑されて3日後に生き返ったらしい。考えにくい現象ですが、世界の多くの信者たちは復活祭を執り行っている。

以前行った教会の牧師は、「キリストは滅んでいない。神は居りますよっていう象徴として」・・・と説教していたが。そんなもんでしょうね。高野山では空海は生きていて、毎朝ご飯を運んでいるらしいし。生きてもらわないと、どこかに居てもらわないと都合が悪いし・・・・・。

そんな事はさて置き、庭のモッコウバラ(木香薔薇も花芽が膨らみだしました。

モッコウバラの花数は大変多くて、すでに黄色い花が弾けだした枝もちらほらと。

よく見ると、奥の方では開花していました。

世界のキリスト者たちは、ハッピーイースターを祝うが、ワタクシは毎年この時期やってくる

気候と植物の営みを祝いたくなる。

4月16日、晴天。

花は咲いた後より、咲く前がドキドキする。

旅行も行く前の方がわくわくする。似ている。

桜は、花自体よりも、咲くようになった気候を楽しめる。寒い冬が少し緩み始めた事が

ウレシく感じるのです。

 

このところの、外気温と日差しに後押しされて、庭のハナミズキも、咲きそうな雰囲気です。

花芽が膨らみ始めました。

 

花芽一つ一つにも個性があるのか、咲きはじめた花もあります。

花を支えるように、葉も伸びてきています。

全体的にはコンナ感じ。二月の初めころ、葉が多くなり成りすぎないように、

葉の小枝を中心に剪定したので、スッキリと見えますが、夏になり葉が伸びきると

葉が重なり、日射が行き届かない葉が出来る。

ハナミズキの根本には山ツツジの小さな植栽がある。

これも5月半ばには、赤い花で覆われます。

今週後半には、ハナミズキのピンクの可憐な花が開く。

 

一心寺の帰り道、最近行っていない天王寺公園を通って駅へと向かった。

茶臼山から和気橋という橋を渡ると慶沢園の裏手になり、迂回して市立美術館を右に観ながら

駅に向かうと、天王寺公園の入り口付近を通る。

和気橋は最近改修したのか、塗りなおしただけなのか、朱赤とパステルグリーンが初春の日差しに映える。

 

以前、と言っても、20年、30年以前ですが、天王寺公園のこの辺り、入って直ぐの辺りは、

あまり行きたくないエリアでして、浮浪者、オコモさん、酔っぱらい、散乱したごみに

路上カラオケの響きがうずまき、「スラム」大阪のディープなエリアでした。

が、「てんしば」っていう再開発事業が施され、大阪一般ピープルの「憩い」場に様変わりしていた。

 

いつまで維持できるのでしょうか?なんせ「大阪」なんで。

直ぐ東側、上町台地の坂を下ると、大阪の「新世界」が隣接している。観えている。

 

明治時代に出来た時は、明るい未来を示すテーマパークであり、まさしく「新世界」だったと思うのですけど・・・・

 

3月の20日頃、お彼岸と言う事で、天王寺の一心寺に行きました。

休日は家に引きこもっているワタクシを気つかってか、奥様のお誘いで、お供しました。

晴天に恵まれ久しぶりの一心寺でした。

一心寺には、親戚の骨を数人分収めています。

一心寺のエライ人は、建築に造詣が深いと伝え聞きしていたし、その新しい建造物を観るのも楽しみに一つ。

阿吽像には、毎回、観入るものが有ります。

本堂の手前の雨水溜、雨水桝(うすいます)は重たそうな石材ですが、それを支えている?

踏みつけにされている天邪鬼(あまのじゃく)が眼に付きました。

ケッコウ迫力あるお顔ですが哀しさもあり、姿全体からは、滑稽さカワイラシさも感じてしまいます。

 

大阪の阿倍野、天王寺、上町台地の空は澄み渡ってました。

 

いそがしい、しんどい、心身ともに重たい。春先はいつも程度の差はあるが、こんな感じになる。

 

一月、二月、三月とお仕事もメジロ押しになる。

 

寒さと乾燥、アレルギー性鼻炎、花粉症で、喉、鼻に症状が出る。かたのコリも持続している。

 

子供たちも進学卒業、就職と変化が押し寄せる。そのたびに現金が必要になる。埃はほっといても溜まるが、金は溜まりにくい。

 

今回は奥様も新職場や学校で変化があり、ストレスが家で発散される。後一年大学に通うそうだ。PC部屋は占領されている。

 

先日、次女は留学先から帰って来た。が、また松山に行き、最低一年を過ごす。末っ娘は岡山で就職が決まっている。少なくともしばらくは帰ってこない。

 

長女は近い奈良から出てこない。

 

いえる事は、明らかに、加齢による劣化が進行している。経年劣化は避けられない。

 

今の、希望は、冬芽が膨らんで早く、花水木のピンクの花が咲くのを待っている。今年も剪定はしたが、枝振りがイビツになっている。咲き切った後に、強剪定して、木姿を整えたい。

咲くころは、長袖シャツ一枚で過ごせる。早くそうなりたい。

 

 

北堀江の約10年〜20年の変化ブリは先日3/5の当記事で実感したところですけど、高田か?たかだか20年くらいです。

 

それ以前は、ほとんど足を踏み入れない普通の家具、木材関連の店や、職人の町だったと記憶しています。

(ショップが立ち並ぶ前は、料亭がちらほらあり、それも無くなった頃には、ミナミやキタにご出勤するお姉さまのマンションが並んでいましたっけ)

 

昔、南炭屋町として、表具店などが並ぶひっそりとした街がいわゆる「アメ村」になったのは、40年位以前でしたでしょうか。

 

そもそも、堀江って地名も、船場って地名も、海や河にちなんでいますよね。難「波」、「波」よけ、「津」もり、ワタクシの住んでいた、住之「江」・・・・・など、大阪市の西側には、海や河関連の地名が多い事に気が付きます。

 

そこで「堀江」って、どんなとこだったのかって

ネットで見つけた古代の地図です。高津の宮があるので、おそらく、少なくとも仁徳朝時代の西暦300年代後半と推定されます。

約1700年前。

 

地図の右端中央部に堀江が有ります。ホボ現在の堀江ですけど、その西側は海(浅瀬)になっている。

現在のその西側にも土地が続き、埋め立てられたか、砂州が広がったのか?

 

ワタクシの住んでいた、住之江の西側は江戸後期に埋め立てられた土地で、土地にまつわる歴史は薄い。

 

大阪の古代の地図は、海進、海退を繰り返していたものの、おおむね海に浸かっていて、土地は上町台地だけだと、多くの資料は語ってます。(その頃、生きてなかったので、「知らんけどナ〜」)

 

堀江を歩いていて、そんな事が、よぎってしまいました。ここ数年の変化なんて・・・・・

 

チッ、チッポケな事 サ〜〜〜〜!(♪長い人生さえ星のまたたき・・・サッ)

 

今回の確定申告は、シンコク(深刻)な形相を呈してしまいナカナカはかどらなかった。経年劣化でしょうか?

 

そんな中でも、「音」は必要でして、聴ながしでも良いから、と思い、

 

アミラ・ウィライアージを聴いていました。

 

良いのですけど、若年と言う事で、刺激を求めるメディアの要求が時間を経るごとに増していく。商売商売です。

 

脳裏には1700年代に、モーツアルトが神童と持てはやされ、親もその気なって各地に巡業し消耗しつくした事が重なる。

 

モーツアルトは創作や演奏をするには若年の割りに、出来ている,一回聞いた楽曲を暗記し採譜できるという、「すごい、神童だ」のノリで引っ張りだこになったのかもしれませんが、真似をするのが年の割には長けていたと言う事で、聴衆観客に受けに受けまくって、調子よく乗ってただけののようにワタクシは評価している。(映画 アマデウスを遠い昔観た観ただけですけど)親が、調子に乗って各地に売り回る。モーツアルトの創作曲は退屈で、心情に訴える物が無い。心情的にシンクロするのは、最後の作品「レクイエム」のみ(しかも、未完の為半分以上は弟子?が作ったらしい)なんです。(あくまで、個人的な意見ですけど)

 

モーツアルトの作品は大衆迎合的で、深さ心情のきびが無い、

 

アミラも、真似や吸収力では秀でてるかもしれませんが、作り出せない.表現力が弱い。

そこが、哀しいところですかね。

 

唯、一般ピープルには無い才能・・・吸収して発露できるって事。モーツアルトも「音が絵画に見える」と言う才能はあったらしいし、彼女も、創作的能力はさて置いて、「吸収、提示」の才能あると思いますけど「創作、心情吐露」の才能があるのか?

でも、演奏中の彼女の脳裏には、音楽が立体的で、空間ではためいている、眼が移ろいでいる。うごめいているように観えていると評価する人もいますけど。

発声の説得力あるテクニカルがあるのか、「熱狂」をぶつける歌唱力、歌のパワーがあるのか(オペラ歌手はマイク無でホールに響き渡せる。彼女はマイクを通している。歌曲にしたためらている大人の「ヌメリ」ができるのか

 

それは本人自身がこれから悩む事でしょうけど。

 

モーツアルトのように、最期に未完のサウンドを奏でながら、名無しの共同墓地に彫り込まれるのじゃなくて、ホントの自分を見詰めて発露出来たらいいですね。

 

 

 

この時期、確定申告書作成が恒例になっています。ワタクシのでは無く、(恒例でなく)高齢の義母の物ですねんけど。

 

慣れているとはいえ、なかなか取りかかれない。遣れば数時間で出来ますけども。

 

何かと理由をつけて、昨晩もダラダラとテレビを見ていたら、大好きな「Eテレ」でオペラ「カルメン」(演奏会仕様)を放映していた。

 

オペラなんて普段は聴かないし観ない。興味無いし。

 

確定申告に取りかかる重い腰のセイで観続けていたら、なかなか面白い。特に歌のところで歌詞が出ていたので、内容が判りやすい。

 

日本語歌詞が出ていないと訳が分からん。相変わらづ、イタリア語どころか英語、外国語の歌は解りません。

 

「カルメン」はコンサートライブの放映でしたが、観客の何人が歌詞を解っているか、知ったかぶりで聴くのはツライと

思うのですけど。

 

ボブディランも解らんし、サラボーンも判りません。逆に日本人でも聞き取りにくいのに外人が歌舞伎を観たところでもっと解らんやろなと。(最近の歌舞伎公演ではイヤホンで外国語解説があるらしい。こんなにインターネットで地球規模で音楽が流れているのですから、ユーチューブも日本語解説してほしい・・・)

 

そんな事は置いといて、「カルメン」も日本語歌詞が流れたおかげで、内容が判り易かった。ただ、内容はたわいもない色恋沙汰でしたけど。

 

オペラは最近気になっていた。

 

ユーチューブの窓口が広くなったおかげで、音楽のところに知らなかった投稿が目につく。

 

アミラ・ウィライアージを観て、ビックリ。2013年当時9歳で「オペラ」の歌曲を歌っていたのです。多くの音楽ファンは知っていたでしょうがワタクシは初めて観ました。

旨い、下手は解りませんが、すごい事には違いない。(この銭になる蜜に寄り付き群がり、血を吸い尽くす輩が取り巻くのか・・・とへそ曲がりな考えがよぎるのですけど・・・)

 

アミラ・ウィライアージのオーソレミヨを聴いていても、サビの高音で伸ばすところでは(拍手が出るところ)では、

 

「熱狂」を感じます。

 

ビル・エバンスでは、抒情的表現が多いが、コルトレーンなんかはこの「熱狂」をグイグイ吐き出していく。

 

イタリア音楽、イタリア歌曲ってこの「熱狂」が大好きなんでしょうか。

 

 

以前、映画「アンタッチャブル」でデニーロ演じるアルカポネがおカネ稼ぎに大忙しの時でさえオペラ鑑賞に行く場面があり、アリアとかで声を張り上げる所(日本で言う演歌のサビ、こぶしを効かせまくる所か)で涙するシーンを思いだす。

(アミラ・ウィライアージがユーチューブでお手本にしたらしいマリア・カラスの映像です)

「熱狂」の発露の方法は違っても、世界共通の心情なのでしょうね。

 

ワタクシもこの「熱狂」を感じ取るためにジャズを聴いているような気がするのです。

 

 

本町からなんばへの帰路、主なコースは御堂筋の歩道ですけど、時々飽きてくるので、御堂筋の東側とか、西側を通る。

 

今回は四ツ橋筋沿いにコースを取った。

 

堀江に立ち寄るのも久しぶりなんで、少しばかり巡ってみた。

 

「APC」や「4℃」や「ジャーナル・・・」はすでに移転し、知っている店が少なくなっている。

 

「ドニーム」や「45rpm」も無くなっていた。数年間の様変わりは激しいみたいです。

 

ファッション業界は生きずらい時節なのか、堀江の北側、南船場にも服飾は減り、替わってカバン・バックなどの袋物屋さんが増えている。

 

堀江では、「アーバンリサーチ」は以前からの場所で営業していたが、服を買うつもりもなく、前を通りすぎるのみです。

 

が向かいにキッチン雑貨店らしき店(タイムス・コンフォート)が有った。今悩んでいるものの一つであるガラスコップが目についたので入ってみた。

「デュラレックス ピカルディ」と言うらしい。

 

左の一番小さい90CC物が以前からオウチに有りました。以前、奥様が買ってきたもので、便利に使っていた。20数年も経つと、食器も消耗品でして、5〜6個あったはずが、今や一つだけになっています。買い足したかったが、みつける事が出来ないままでした。

 

デザインが良いのと、日常品としての堅牢さ、持た時の重厚さとホールド性の高さもあり良い商品です。

 

ホントは、耐熱強化のガラス製小鉢が欲しかったが、無かった。

千日前道具屋筋にも無かった。

後になってネットで見つけたが、「アルク アンプボール?」(当家に在るのは、直径約12〜14cm位の小鉢)と言うらしい。

これも、オウチに4つだけ残っているが、以前はもっとあったのです。

 

廃版品かと思い、無印で「マッ、良いか?」とガラス小鉢を数点買ってしまったが耐熱ではなかった。失敗です。

 

「アルク」の小鉢はデザインもさることながら、重ねやすくて重宝。

 

ガラス製は、お料理の時や、お料理を小分けして冷蔵庫に入れる時も、中身が判りやすくて合理的なんです。

 

「デュラレックス ピカルディ」のコップは90CCを4個と、右から2番目の細長い物を2個買い足しました。

 

これも名前が解らんので、底部のマークなどを参考にネットで調べていると見つかりました。しかも、すごく安く(約1/4の価格)売っていました。

 

ネット通販はあまりしません。現物を見たいし、他の良いものが見つかるかも知れませんし。

 

でも、ネット通販って便利ですね。

 

この地図で言うと、赤丸辺りが今でいうところの「裏なんば」です。

 

ここ数年で、個性的な飲み屋、飲食店が増え話題になっている。何軒かは行った事が有ります。店自体、そんなでも無いのですけど。

 

ワタクシが最近通行しているのが、青○部分。

 

本町から、南船場を通って、御堂筋を南下する形で、なんば駅に向かうと、通過してしまうのです。東側の心斎橋アーケードを通ると、観光客でごった返しているし。

 

以前は、あまり立ち入りたくないゾーンでして、「オカマなんチャラバー・・・」とか、とにかく、うす暗く、うす汚く、街行く人も怪しい人が多いと、先輩方に教わり、行きませんでした。

 

歩行距離を稼ぐため、歩くのですが、と気づくと通行していましたが、思っているほどでも無く、イタリアンが有ったり、焼き鳥屋が有ったり、居酒屋があったり、コンビニが有ったりでして、汚さと、怪しげさ以外は許せる範囲でしたけど。

 

ワタクシ、「裏なんば」に対抗して、この青○ゾーンを「クロなんば」あるいは「ヤミなんば」とココロの中で命名しています。

(なんば界隈の「怪しさ」「黒さ」はもっとディープな未知のゾーンが満載ですけど)

 

「クロなんば・ヤミなんば」の南端にはちょいちょい行っている洛楽亭が有ります。