オヤコラ    *genkiblog*

ブログ創業2003年4月

最近・・・は、って特に無いのですが、アニタ・オディを気に入って聞いています。

もちろん、以前からココチ良く思っていましたげど、付かず離れずって感じでいましたが、

 

ここんとこ、ユーチューブで次から次へと出てくる映像を観ていると、

 

ジャズボーカル界の「都はるみ?」かなって?、思えてきました・・・

 

以前、ホリー・コールの事を、演歌のこぶしを効かせた歌いっぷりを評価していましたが・・・

 

いやいや、アニタにはこぶし、うなり、はあんまりなくて、軽快、軽妙にスキャットを交えて他のプレイヤー達と絡んでいく。

 

舞台の進行を仕切っていく。そこに客も引き込まれていく。って感じで、ジャズっていうよりエンターテイメント性が強く押し出されていく。

 

アニタも、なかなかの濃い、べたべたな「スタイル」(彼女は自分の事を「ソング・スタイリスト」と称していたらしい)が、

 

キップの良い、下町のお姉さん的な心地よさが有ります。

 

・・・ですので、「都はるみ」というより、「笠置シズ子」って感じですか?

 

よう、知らんけど。

 

ユーチューブのこの画像はライブを収録したものみたいですが、観客は白人系で、当時の(って、おそらく1960年代前半だと思われます)中産階層に人気があったのだと思われます。

 

「ブルーカラー、ホワイトカラー」という言葉が、出始めたころかと。アメリカが経済的に発展し、市民たちが、うきうきしていた頃に受けたのかって、感じています。

 

ジャズって幅広いですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ユーチュブでジャズを観ていたら、なかなかのシンガー&トランペット奏者に出会った。

 

アンドレア・モティスって言う人ですけど、最初、すごく素直な演奏と感じたので東欧あたりのジャズプレイヤーかと思っていたら、スペイン・バルセロナの、らしい。

 

サマータイムとかいつか王子さまが・・・とか、スタンダードの演奏がすごく初々しい清々しさ。

 

久しぶりのお富さん、て感じで食いついてみていた。

 

それもそのはず、当時15~16歳の少女。昨年2017年の東京でのライブを見つけたが、なぜかつまらなかった。

 

トランペットは上手になっていたが、なんかスレタ感じを抱いた。22~3歳になっていたのか?初期の感動は長続きしないのか。大谷選手も?

 

まあ、長い目で見てみようっと。

 

それにつけても、東欧、スペイン、北欧あたりのジャズはひねくれてない、真っ直ぐさを感じさせてくれる。ニューヨークでは、こんなの受けないと思いますが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

坂本龍一が、今春アメリカ・ニューヨークで行ったコンサート「坂本龍一 PERFORMANCE IN NEW YORK : async」を、テレビで観た。ほんの10数分だけ聞いたが、アカン。ダメ。

 

良いと思わない。感じない。

 

その試みは、現代音楽的な様相を呈していたが、そのこと自体に違和感を覚える。

 

そもそも、彼は現代音楽作家の範疇ではなく、ポピュラー、ポップス、カジュアル、映画音楽、テーマ音楽、商業音楽の大きな円の中にいたと思っていた。その中でも「現代音楽寄り」だとは思いますが。いわゆる世俗的音楽の人間じゃなかったっけ?

 

絵画で言うと、売るために作ったり、作って売る、注文があって作る・・・世界と。

 

表現の発露として作り、あとで、たまたま買い手がつく、というアーティストの世界と。

 

坂本龍一の事はそんなに知っている訳でもないので、推論なんで、間違っているかもしれませんが、少なくとも、ワタクシが先日聞いた上記のコンサートは、現代音楽気取りの素人だまし的パフォーマンスと感じた。

 

現代作にしては、古すぎる。

 

ーー一応、音楽は主観の世界なんで、個人によって感じ方は違うと思いますけど。

 

休日の遅い朝、リビングの温度計は16℃を示していた。

 

寒くなると、最近のお気に入り「生姜湯」を入れ、ついでに粉コーヒーも少し加えるとまったりできる。

 

少し温まったところで、ユーチューブでカザルスのバッハ:無伴奏チェロ組曲を聴く。

 

清廉で静寂な中、バッハのサウンドが広がる。

 

音楽のワタクシの本籍は「クラシック」だと思っているが、長い家出の旅の中で実家にはほとんど顔を出さない。

 

足が向かわない。クラシックと言えども、ロマン派の中でも、ベートーベンは「世俗的(岩城宏之)」だし、モーツアルトは軽薄だし(最後年のレクイエム以外は)ブラームスは判らない、響かないし。

 

バッハは好きとまでは言わないが、一番共振できる。ジャズでも、MJQをはじめ、いろんなプレイヤーが取り上げているが、オリジナルのバッハには適わない。G線上のアリアとか、特にプロ好みはゴルトベルグみたいだけど、ワタクシには最初のアリアしか感じない。

 

本日、久しぶりにバッハにしたのは、秋冷の朝のわびしさが、本籍を思い出させたのかもしれない。

 

カザルスのプレイはバッハの思いを正確に重厚に醸し出す。一瞬、叫び、唸り出す時がある。すぐに、無かったかのように無表情でプレイを続ける。無伴奏だけに、無表情ってか。ジャス的には、無伴奏って「ソロ」「アローン」ってタイトルが付くのですけど。

 

格調てきには、バッハのチェロ「無伴奏」が高いのですが、「深淵の彷徨い」では、ビル・エバンスの「ソロ」が深いような感じがする。

 

ジャスの旅に出て40数年経過しているが、最初の30年は、ジャズ=コルトレーンであり時々マイルスであり、キース・J、ハービー・H、山下洋輔・・・などなど等、激しさがジャズだと思っていた。叫んだり、唸ったり、吐露したり。

 

この十年くらいは、デザートと言ってしまったら言い過ぎかもしれないが、とにかく甘く、優しく優美で色っぽい「ボーカル」も聞きはじめ、少し軟化してきた。

 

ビル・エバンスに同じようにその良さを認識しだしたのも、ここ十数年の事でして、最近はもっぱら、その繊細で耽美的なピアノの世界に頼り切っている状態なんです。

 

通勤でウオークマンを使いだして数か月経過しています。

 

ウオークマンにアルバムを取り込むのは、ワタクシにとって結構面倒なことでしたが、ユーチューブから落とし込んで、アルバムにして15点ほど入れています。

 

ボリューム的には全部聞くと結構な時間がかかりますが、ワタクシ、通勤の往き約30分と還り約30分(電車に乗ってる時間)だけなんで、聞いているアルバム(約45分)を聞き終えません。

 

入力するのが面倒なんで、厳選したつもりですけど、その日の朝の気分や、夜の精神状態に従って選曲をしています。

 

不思議なことに、ほとんど、一つの同じアルバムを選んでしまっています。

 

Bill Evans - You Must Believe In Spring(1977)

です。
ビルのアルバムは10個位入れていますが、ほぼこれになってしまいます。
特に5曲目の「The Peacocks」が気に入っています。聞いてしまいます。アルバムのスタートから17分34秒後に始まる曲です。(聞く毎に、HOMELAND (テレビドラマ)のテーマを思い出すけど)
このアルバムは1977年録音となっているので、ビルの晩期の作品です。
最近思うのは、ビル・エヴァンスの代表作、人気作とされている「 Waltz for Debby 」(1961年)や「Portrait in Jazz 」(1959年)などのまあまあ初期の作品より、ワタクシは晩期の作品に惹かれます。今のところですけど。
抒情性、繊細さは初期から感じます(マイルスと作った、ブルー・イン・グリーンなんか幽玄で抒情的です)が、アップテンポな曲や、(ビルエヴァンスなりに)「はじけた」演奏も、晩期には影を潜め、抒情性に「耽美さ」が加わり、より深淵にどっぷりと浸かりこんでいるような感じを受けます。
ってことは、ワタクシも「晩期」に入り込んでいるのでしょうか?
でも、ウオークマンで2番目によく聞くアルバムはブロッサム・ディアリーです。
ビル・エヴァンスの耽溺さが「うっとしく」なった時、このブロッサムの甘さ、かわいさに惹かれてしまいますけど。

この時期、確定申告書作成が恒例になっています。ワタクシのでは無く、(恒例でなく)高齢の義母の物ですねんけど。

 

慣れているとはいえ、なかなか取りかかれない。遣れば数時間で出来ますけども。

 

何かと理由をつけて、昨晩もダラダラとテレビを見ていたら、大好きな「Eテレ」でオペラ「カルメン」(演奏会仕様)を放映していた。

 

オペラなんて普段は聴かないし観ない。興味無いし。

 

確定申告に取りかかる重い腰のセイで観続けていたら、なかなか面白い。特に歌のところで歌詞が出ていたので、内容が判りやすい。

 

日本語歌詞が出ていないと訳が分からん。相変わらづ、イタリア語どころか英語、外国語の歌は解りません。

 

「カルメン」はコンサートライブの放映でしたが、観客の何人が歌詞を解っているか、知ったかぶりで聴くのはツライと

思うのですけど。

 

ボブディランも解らんし、サラボーンも判りません。逆に日本人でも聞き取りにくいのに外人が歌舞伎を観たところでもっと解らんやろなと。(最近の歌舞伎公演ではイヤホンで外国語解説があるらしい。こんなにインターネットで地球規模で音楽が流れているのですから、ユーチューブも日本語解説してほしい・・・)

 

そんな事は置いといて、「カルメン」も日本語歌詞が流れたおかげで、内容が判り易かった。ただ、内容はたわいもない色恋沙汰でしたけど。

 

オペラは最近気になっていた。

 

ユーチューブの窓口が広くなったおかげで、音楽のところに知らなかった投稿が目につく。

 

アミラ・ウィライアージを観て、ビックリ。2013年当時9歳で「オペラ」の歌曲を歌っていたのです。多くの音楽ファンは知っていたでしょうがワタクシは初めて観ました。

旨い、下手は解りませんが、すごい事には違いない。(この銭になる蜜に寄り付き群がり、血を吸い尽くす輩が取り巻くのか・・・とへそ曲がりな考えがよぎるのですけど・・・)

 

アミラ・ウィライアージのオーソレミヨを聴いていても、サビの高音で伸ばすところでは(拍手が出るところ)では、

 

「熱狂」を感じます。

 

ビル・エバンスでは、抒情的表現が多いが、コルトレーンなんかはこの「熱狂」をグイグイ吐き出していく。

 

イタリア音楽、イタリア歌曲ってこの「熱狂」が大好きなんでしょうか。

 

 

以前、映画「アンタッチャブル」でデニーロ演じるアルカポネがおカネ稼ぎに大忙しの時でさえオペラ鑑賞に行く場面があり、アリアとかで声を張り上げる所(日本で言う演歌のサビ、こぶしを効かせまくる所か)で涙するシーンを思いだす。

(アミラ・ウィライアージがユーチューブでお手本にしたらしいマリア・カラスの映像です)

「熱狂」の発露の方法は違っても、世界共通の心情なのでしょうね。

 

ワタクシもこの「熱狂」を感じ取るためにジャズを聴いているような気がするのです。

 

 

最近と言うか、本日出会ったパトリシア・バーバーには、ビックリ。

 

ジャズで最近ワクワクしたのは久しぶりです。

 

ユーチューブは最近改変したのか、テレビで観れるものが幅広くなったような気がする。

 

「jazz」で括ると、ニューポートジャズフェスの動画ライブがちらほら登場する。

 

最近のもの(1980年代以降の)は残念感が伴うのであまり見ないようにしているが、マイケル・ブレーカーやクリスボッティなんて観てしまった。

 

マイケル・ブレーカーには引き込まれたが、一言で言うと「器用貧乏」な感じ。旨い事押さえているが迫る物が無い。ボッティなんてフージョンだしッ。

 

そんな中、今や大御所のダイアナ・クラールなんかで口直ししていると、なんと、パトリシア・バーバーが掲載されていた。ジャズ・ピアノ・ボーカルの括りでしょうか?ワタクシ、初見です。あまり「最近物」を毛嫌いしていると、見落としてしまうのか。

 

2005年のニューポートですけど、冒頭からビックリくりくりです。

 

疾走感、コンテンポラリーなジャズ。メンバーの全てが良い。

 

クラシックもあるし、スタンダードもこなすが、あくまでパトリシア風。ボーカルはナイーブ感が出てるし、演奏がリリカルからエモーショナル、スローからハイテンポ、クラシックからアバンギャルド。見せる懐が広くて楽しい。バラードの中にもチラット牙を光らせる。聞き逃せないのです。

 

生きていると時々楽しみを見つけることがある。

12月、年末は、一年の終末点、終着点のイメージがある。

 

パステルな春から、ビビットな夏、シックな秋・・・どうしても漆黒な冬に向かう思い込みがイメージとして出てしまう。

 

外気もぽかぽかの春、灼熱の夏、快適な秋、防寒の冬。

 

気のせいだと思うけど、何となく、内省的で、一年の回顧を巡らせるのが、自然な精神風景になる。

 

専門用語では、「ノスタルジー」「古へ懐古」ついつい、精神の疲れと、体調の低調がそんな気持ちにさせるそんな時期なのかと感じるのです。

 

今、12月の後半の、飲み会疲れ、区切りの年末を迎えようとしている時、

 

そんな、精神と身体の疲れの時、フト、シミジミ癒されるのが、春にも、夏にも、秋にも聴かなかった、バッハの調べなのは、なんででしょう。

バッハたちの音階理論とモードジャズの試みがつながっているのは、1950年代からのよしみとしても、ココロのひだをシンクロさせて共鳴させるのは、音の持つ素朴さと深淵さの沙汰だと感じてしまう。

 

しばし、その清新さと深淵さと静寂さとその下に流れる熱い情熱がこの十二月の後半に似合うのかもしれない。

夏まえ頃から、ビル・エバンスのアルバムを制作順の表をまとめていた。

 

ジャケット、タイトル、演奏者、曲目、等をまとめていた。ようやく恰好はついてきた。

A3サイズで、22ページある。

 

熱心なマニアのサイトがたくさんあり、参考になった。ライナーノーツ的な解説文もあり、参照として乗っけている。

 

例えば、今聴いているのが

 タイトル

Bill Evans Time Remembered (Full Album) Tim

 

1. Danny Boy
2. Like Someone In Love
3. In Your Own Sweet Way
4. Easy To Love
5. Some Other Time
6. Lover Man (Oh, Where Can You Be)
7. Who Cares?
8. What Is This Thing Called Love?
9. How About You?
10. Everything Happens To Me
11. In A Sentimental Mood
12. My Heart Stood Still
13. Time Remembered

 

Bill Evans (p)
Chuck Israels (b)
Larry Bunker (ds)

 

Recorded 1958.12,1962.04,1963.05

 

----と言う事で、ただ単に聴いているだけよりも、深く理解できる。(エバンスのファンサイトはたくさんありますが、

主に、「toppeのjazzコレクション」」を参考にさせていただきましたけど)

 

ジャズを聴きだしてから40年あまり経過していますが、バッカしでも無く、べったりでも無く、合間、合間に聴いていたし、特にコルトレーンを主に聴いていた訳でして、ビル・エバンスは、ここ5〜6年前からでしょうか?

 

とにかく、好みが非常に狭く、しかも、聴き方が非常に浅いので(以前の表現で言いますと、Tバックのヒモより狭い)リスナーなんで、本を読んだり、CD集めたり、していません。

 

しばらくは、この手作り図表で

聴き込んだり、ラジカンダリしてみる積もりです。

そもそも、アメリカ音楽って、ギター有りきですよね。

 

カントリー、ロックンロール、フォーク、ブルースにしても、ギターが主役、主楽器ですよね。

 

アメリカってギターがソウル楽器ですか?そんな感じがする。ギター一つあれば演奏が成り立つ。

 

ギターは和音をかき鳴らせるしメロディーも出せるし、だいたい、ギター、サイドギター、電気ベース、とドラム。たまにハーモニカ、フィデロ。温室、音域の幅、リズムの隙間が多く、音量は電気で圧倒的にもなるが、楽器曲としては粗野な感じを受けてしまう。ギターの特徴。

 

フォーク・ロックはギターに頼っている。

 

ジャズは、ピアノも主役ですが、特色は管楽器。サックス、トランペットの管楽器が主役。サウンドの移動が線のようにつながり隙間が無い。

 

ジャズでのギターのポジションは、フォークやロック的ながなり立てるのではなくて、かなりメロディアスでメロウなプレイヤーが特徴的で、ウエス・モンゴメリーやジム・ホールとかどっちかと言うと、リズムセクションでは無く、メロディー奏者的なものがフーチャーされている。ジャズプレイヤーではむしろ少数派です。

 

かつて、植草 甚一は、著書で、

 

「ロックは外向的で、ジャズは内向的」みたいな事言ってたらしいが、

 

その違いなんですかね。

 

管楽器とピアノのジャズ

 

ギターサウンドのフォーク・ロック

 

どっちかと言えば、ワタクシ内向的につき、

 

抒情的で、逸脱感があり、疾走感あるジャスですかね。

 

でも、これをきっかけに、ボブ・ディランの詩のハスに構えた洒脱感も味わいたいとは、思うのですが・・・・