オヤコラ    *genkiblog*

ブログ創業2003年4月

通勤でウオークマンを使いだして数か月経過しています。

 

ウオークマンにアルバムを取り込むのは、ワタクシにとって結構面倒なことでしたが、ユーチューブから落とし込んで、アルバムにして15点ほど入れています。

 

ボリューム的には全部聞くと結構な時間がかかりますが、ワタクシ、通勤の往き約30分と還り約30分(電車に乗ってる時間)だけなんで、聞いているアルバム(約45分)を聞き終えません。

 

入力するのが面倒なんで、厳選したつもりですけど、その日の朝の気分や、夜の精神状態に従って選曲をしています。

 

不思議なことに、ほとんど、一つの同じアルバムを選んでしまっています。

 

Bill Evans - You Must Believe In Spring(1977)

です。
ビルのアルバムは10個位入れていますが、ほぼこれになってしまいます。
特に5曲目の「The Peacocks」が気に入っています。聞いてしまいます。アルバムのスタートから17分34秒後に始まる曲です。(聞く毎に、HOMELAND (テレビドラマ)のテーマを思い出すけど)
このアルバムは1977年録音となっているので、ビルの晩期の作品です。
最近思うのは、ビル・エヴァンスの代表作、人気作とされている「 Waltz for Debby 」(1961年)や「Portrait in Jazz 」(1959年)などのまあまあ初期の作品より、ワタクシは晩期の作品に惹かれます。今のところですけど。
抒情性、繊細さは初期から感じます(マイルスと作った、ブルー・イン・グリーンなんか幽玄で抒情的です)が、アップテンポな曲や、(ビルエヴァンスなりに)「はじけた」演奏も、晩期には影を潜め、抒情性に「耽美さ」が加わり、より深淵にどっぷりと浸かりこんでいるような感じを受けます。
ってことは、ワタクシも「晩期」に入り込んでいるのでしょうか?
でも、ウオークマンで2番目によく聞くアルバムはブロッサム・ディアリーです。
ビル・エヴァンスの耽溺さが「うっとしく」なった時、このブロッサムの甘さ、かわいさに惹かれてしまいますけど。

この時期、確定申告書作成が恒例になっています。ワタクシのでは無く、(恒例でなく)高齢の義母の物ですねんけど。

 

慣れているとはいえ、なかなか取りかかれない。遣れば数時間で出来ますけども。

 

何かと理由をつけて、昨晩もダラダラとテレビを見ていたら、大好きな「Eテレ」でオペラ「カルメン」(演奏会仕様)を放映していた。

 

オペラなんて普段は聴かないし観ない。興味無いし。

 

確定申告に取りかかる重い腰のセイで観続けていたら、なかなか面白い。特に歌のところで歌詞が出ていたので、内容が判りやすい。

 

日本語歌詞が出ていないと訳が分からん。相変わらづ、イタリア語どころか英語、外国語の歌は解りません。

 

「カルメン」はコンサートライブの放映でしたが、観客の何人が歌詞を解っているか、知ったかぶりで聴くのはツライと

思うのですけど。

 

ボブディランも解らんし、サラボーンも判りません。逆に日本人でも聞き取りにくいのに外人が歌舞伎を観たところでもっと解らんやろなと。(最近の歌舞伎公演ではイヤホンで外国語解説があるらしい。こんなにインターネットで地球規模で音楽が流れているのですから、ユーチューブも日本語解説してほしい・・・)

 

そんな事は置いといて、「カルメン」も日本語歌詞が流れたおかげで、内容が判り易かった。ただ、内容はたわいもない色恋沙汰でしたけど。

 

オペラは最近気になっていた。

 

ユーチューブの窓口が広くなったおかげで、音楽のところに知らなかった投稿が目につく。

 

アミラ・ウィライアージを観て、ビックリ。2013年当時9歳で「オペラ」の歌曲を歌っていたのです。多くの音楽ファンは知っていたでしょうがワタクシは初めて観ました。

旨い、下手は解りませんが、すごい事には違いない。(この銭になる蜜に寄り付き群がり、血を吸い尽くす輩が取り巻くのか・・・とへそ曲がりな考えがよぎるのですけど・・・)

 

アミラ・ウィライアージのオーソレミヨを聴いていても、サビの高音で伸ばすところでは(拍手が出るところ)では、

 

「熱狂」を感じます。

 

ビル・エバンスでは、抒情的表現が多いが、コルトレーンなんかはこの「熱狂」をグイグイ吐き出していく。

 

イタリア音楽、イタリア歌曲ってこの「熱狂」が大好きなんでしょうか。

 

 

以前、映画「アンタッチャブル」でデニーロ演じるアルカポネがおカネ稼ぎに大忙しの時でさえオペラ鑑賞に行く場面があり、アリアとかで声を張り上げる所(日本で言う演歌のサビ、こぶしを効かせまくる所か)で涙するシーンを思いだす。

(アミラ・ウィライアージがユーチューブでお手本にしたらしいマリア・カラスの映像です)

「熱狂」の発露の方法は違っても、世界共通の心情なのでしょうね。

 

ワタクシもこの「熱狂」を感じ取るためにジャズを聴いているような気がするのです。

 

 

最近と言うか、本日出会ったパトリシア・バーバーには、ビックリ。

 

ジャズで最近ワクワクしたのは久しぶりです。

 

ユーチューブは最近改変したのか、テレビで観れるものが幅広くなったような気がする。

 

「jazz」で括ると、ニューポートジャズフェスの動画ライブがちらほら登場する。

 

最近のもの(1980年代以降の)は残念感が伴うのであまり見ないようにしているが、マイケル・ブレーカーやクリスボッティなんて観てしまった。

 

マイケル・ブレーカーには引き込まれたが、一言で言うと「器用貧乏」な感じ。旨い事押さえているが迫る物が無い。ボッティなんてフージョンだしッ。

 

そんな中、今や大御所のダイアナ・クラールなんかで口直ししていると、なんと、パトリシア・バーバーが掲載されていた。ジャズ・ピアノ・ボーカルの括りでしょうか?ワタクシ、初見です。あまり「最近物」を毛嫌いしていると、見落としてしまうのか。

 

2005年のニューポートですけど、冒頭からビックリくりくりです。

 

疾走感、コンテンポラリーなジャズ。メンバーの全てが良い。

 

クラシックもあるし、スタンダードもこなすが、あくまでパトリシア風。ボーカルはナイーブ感が出てるし、演奏がリリカルからエモーショナル、スローからハイテンポ、クラシックからアバンギャルド。見せる懐が広くて楽しい。バラードの中にもチラット牙を光らせる。聞き逃せないのです。

 

生きていると時々楽しみを見つけることがある。

12月、年末は、一年の終末点、終着点のイメージがある。

 

パステルな春から、ビビットな夏、シックな秋・・・どうしても漆黒な冬に向かう思い込みがイメージとして出てしまう。

 

外気もぽかぽかの春、灼熱の夏、快適な秋、防寒の冬。

 

気のせいだと思うけど、何となく、内省的で、一年の回顧を巡らせるのが、自然な精神風景になる。

 

専門用語では、「ノスタルジー」「古へ懐古」ついつい、精神の疲れと、体調の低調がそんな気持ちにさせるそんな時期なのかと感じるのです。

 

今、12月の後半の、飲み会疲れ、区切りの年末を迎えようとしている時、

 

そんな、精神と身体の疲れの時、フト、シミジミ癒されるのが、春にも、夏にも、秋にも聴かなかった、バッハの調べなのは、なんででしょう。

バッハたちの音階理論とモードジャズの試みがつながっているのは、1950年代からのよしみとしても、ココロのひだをシンクロさせて共鳴させるのは、音の持つ素朴さと深淵さの沙汰だと感じてしまう。

 

しばし、その清新さと深淵さと静寂さとその下に流れる熱い情熱がこの十二月の後半に似合うのかもしれない。

夏まえ頃から、ビル・エバンスのアルバムを制作順の表をまとめていた。

 

ジャケット、タイトル、演奏者、曲目、等をまとめていた。ようやく恰好はついてきた。

A3サイズで、22ページある。

 

熱心なマニアのサイトがたくさんあり、参考になった。ライナーノーツ的な解説文もあり、参照として乗っけている。

 

例えば、今聴いているのが

 タイトル

Bill Evans Time Remembered (Full Album) Tim

 

1. Danny Boy
2. Like Someone In Love
3. In Your Own Sweet Way
4. Easy To Love
5. Some Other Time
6. Lover Man (Oh, Where Can You Be)
7. Who Cares?
8. What Is This Thing Called Love?
9. How About You?
10. Everything Happens To Me
11. In A Sentimental Mood
12. My Heart Stood Still
13. Time Remembered

 

Bill Evans (p)
Chuck Israels (b)
Larry Bunker (ds)

 

Recorded 1958.12,1962.04,1963.05

 

----と言う事で、ただ単に聴いているだけよりも、深く理解できる。(エバンスのファンサイトはたくさんありますが、

主に、「toppeのjazzコレクション」」を参考にさせていただきましたけど)

 

ジャズを聴きだしてから40年あまり経過していますが、バッカしでも無く、べったりでも無く、合間、合間に聴いていたし、特にコルトレーンを主に聴いていた訳でして、ビル・エバンスは、ここ5〜6年前からでしょうか?

 

とにかく、好みが非常に狭く、しかも、聴き方が非常に浅いので(以前の表現で言いますと、Tバックのヒモより狭い)リスナーなんで、本を読んだり、CD集めたり、していません。

 

しばらくは、この手作り図表で

聴き込んだり、ラジカンダリしてみる積もりです。

そもそも、アメリカ音楽って、ギター有りきですよね。

 

カントリー、ロックンロール、フォーク、ブルースにしても、ギターが主役、主楽器ですよね。

 

アメリカってギターがソウル楽器ですか?そんな感じがする。ギター一つあれば演奏が成り立つ。

 

ギターは和音をかき鳴らせるしメロディーも出せるし、だいたい、ギター、サイドギター、電気ベース、とドラム。たまにハーモニカ、フィデロ。温室、音域の幅、リズムの隙間が多く、音量は電気で圧倒的にもなるが、楽器曲としては粗野な感じを受けてしまう。ギターの特徴。

 

フォーク・ロックはギターに頼っている。

 

ジャズは、ピアノも主役ですが、特色は管楽器。サックス、トランペットの管楽器が主役。サウンドの移動が線のようにつながり隙間が無い。

 

ジャズでのギターのポジションは、フォークやロック的ながなり立てるのではなくて、かなりメロディアスでメロウなプレイヤーが特徴的で、ウエス・モンゴメリーやジム・ホールとかどっちかと言うと、リズムセクションでは無く、メロディー奏者的なものがフーチャーされている。ジャズプレイヤーではむしろ少数派です。

 

かつて、植草 甚一は、著書で、

 

「ロックは外向的で、ジャズは内向的」みたいな事言ってたらしいが、

 

その違いなんですかね。

 

管楽器とピアノのジャズ

 

ギターサウンドのフォーク・ロック

 

どっちかと言えば、ワタクシ内向的につき、

 

抒情的で、逸脱感があり、疾走感あるジャスですかね。

 

でも、これをきっかけに、ボブ・ディランの詩のハスに構えた洒脱感も味わいたいとは、思うのですが・・・・

 

 

前回に続く・・・

 

ボブ・ディランには引き込まれる魅力充分ありと、「にわかディラン好き」としては否定出来ません。

 

それでも、商いで(飽きないで)聞き続けられるのは、ジャズですね。いまは、ビルエバンス。あくまで個人的感想ですけど。

 

1977年リリースのBill Evans - You Must Believe In Spring

 

エディ・ゴメスとエリオット・ジグムントとの「セカンドトリオ」のほぼ最後を飾るアルバム。

エバンスの耽美的表現が凝縮している。抒情的な感性を繊細に表現している。10年近く組んできたエディ・ゴメスともコナレタやり取りがここちよいです。

 

ロッキーの岩山から観おろす荒野の嵐と、海辺のホテルのリビング越しに見渡す嵐を比較するのはなんなんですけど、

 

ワタクシ的には、荒れる海の下の潮流(Undercurrent(1962年のビル・エバンスのアルバム))で、荒れながらも静かに漂う感じの方が解りやすい。

 

比喩や暗喩や暗示的な詩文も良いのでしょうけど、また象徴的な詩文も含めて、詩の言葉自身は具体的でして、

 

詩の無いジャズ、インストルメンタル(器楽曲)は、より抽象的です。

 

聞き手にとっては、想像や妄想をくゆらせる楽しみが多いのです。

ここに来て、ケッコウ難しい問題に出くわした。

 

ボブ・ディランがノーベル文学賞の対象者に選ばれたらしい。

 

ボブ・ディランの事は「風に吹かれて」くらいの知識しかない。フォーク・ロックのシンガーソングライターとしてはトッテモ良いと思ってはいるが、それほど聴き続けた訳でもなく、深く知らない。

 

最近、あらためて聞いている。お手軽なユーチューブで。

 

確かに良いケド、英語で歌うので、何を言ってるのか解らない。サウンドやメロディーに特質するものは感じないし。

 

それでもメゲズに、歌詞の和訳を探してみた。

 

 嶌邁箸簇禀床箸燭
予言者を自認するものよ
目を見開きたまえ
時代をよく見るんだ
早急な物言いはするな
歯車が回らないうちに
誰が勝者で誰が
敗者かというな
今負けたものが
明日には勝つこともある
時代は動いていくのだから」

----ボブ・ディラン Bob Dylanの曲から「時代は動く」The Times They Are A-Changin'(壺齋散人訳)の一部(1964年リリース)

 

◆屬舛磴鵑箸靴織魯ぅ好ールを出たんだ そうだね
でもそこでは何も学ぶことがなかった
誰も路上生活のこつなど教えてくれなかった
いまじゃ自分でそのこつをつかまなけりゃ
君は言ったね 変な男なんかは
絶対相手にしないって だけど
男は君に近づいてくる
君は男のうつろな目を覗き込みながら
あたしとやりたいのって聞くはめになるんだ

どんな感じだい
どんな感じだい
一人で生きるって
帰る家もなく
誰にも相手にされず
ライク・ア・ローリング・ストーン」

-----ボブ・ディランの曲から「ライク・ア・ローリング・ストーン」Like A Rolling Stone(壺齋散人による歌詞の日本語訳)の一部(1965年リリース)

 

------ボブ・ディランの曲から「サブタレニアン・ホームシック・ブルース」Subterranean Homesick Blues(壺齋散人による歌詞の日本語訳)の一部から↓

「ジョニーは地下室で
ヤクを調合
ぼくは道端で
政治を考える
トレンチコートの男は
会社を首になって
セキが出るのに
金がない
よく聞け坊や
お前も懲りずに
同じようなことを
してはいけない
まともな友達を
見つけるんだぞ
刑務所の中では
貧相なやつが
せめて11ドルの
実入りを欲しがってる」

確かに、権威に批判的、お高く留まっている物に揶揄している。おもしろい。

 

彼を、「現代の吟遊詩人」と評している人もいるらしいし、フランス象徴派の詩人ランボーを好んでいるらしい。

また、ウディ・ガスリーに影響されたらしく、社会、社会常識、権威、悪徳等に批判的にとらえた作品が多く感じる。

75歳の現在も、放浪するように各地でライブを行っているらしい。

 

そこで、悩ましいのですけど、ボブディランが衝撃的にデビューた頃、ワタクシのビル・エバンスも活躍していて、

1959年〜1961年のファーストトリオで人気を確立し、1963年には「Conversations With Myself」でグラミー賞を受賞している。

1980年に亡くなるまで常にジャズ界の第一線で多くのアルバムを輩出し、ライブも行っている。

また1967年に亡くなったジョン・コルトレーンは黄金のインパルス時代の絶頂期でしたし。

 

このころのアメリカってどうなんですか?

 

ジャズなんですか、フォークなんですか、ロックですか

 

売上的には、ポップスでしょうけど。

 

 

夏風邪のせいもあり、あまりお散歩にも励まず、お家で「大阪 地車ばやし」のユーチューブ観見ていた。

 

大まかなお約束事みたいなものはあるみたいですが、人それぞれ、地域ごとに多様性があるみたいです。

 

とにかく、すごいユニットをみつけた。河内長野古野地車。

大太鼓の迫力、と繊細さ。細やかさと思いの丈をぶつける力強さ。鐘のプレイヤーの応酬。小太鼓の精密さが彼らの舞、乱舞を支える。

 

ジャズ的には、カルテットの成熟を迎えた、ジョンコルトレーンのインパルス時代をほうふつとさせる位のクオリティだと感じる。

 

コルトレーンといえば、エルビン・ジョーンズのシンバル金鋲を打ち付けた甲高い金属音に負けないくらいの鐘の打ち込み。

とにかく素晴らしいとしか、言エネー〜〜〜。なんもいえねー〜〜〜ずら。

 

地車ばやしは、大阪が日本に誇れる、いやニューヨークの音楽シーン、ヨーロッパの音楽界にも誇れる音楽だと思う。

 

ハルチャ・ヴェロニカを聴いていて思うのですが、ハンガリーとか、東欧、北欧・・・アメリカから離れたところのジャズの方がジャズらしい・・・ちゅうか、クラシック、原点に忠実、素直なジャズって感じを持ってしまう。


気だるさ感、逸脱感、ジャズごころがビシビシ届く。

本場?アメリカのダイアン・シュアーを久々聞いてみた。

ワタクシの大好きなシンガーの一人ですが、迫力はさすがです。

ハルチャ・ヴェロニカとダイアン・シュアーの違い・・・大まかに東欧ジャズとアメリカジャズの違いは、ジャズを素朴に伝えるか、ショーとして脚色して伝えるか。でしょうか。

落語で言うと、お座敷でコジンマリと芸者、旦那を前に演じるのか、寄席で大勢を前に演じるのか、米朝が言うところの「旦那芸」と「寄席芸」の違いなんでしょうかね。

どちらにしても、ワタクシ、大好きなんですけど。