オヤコラ    *genkiblog*

ブログ創業2003年4月

とにかく、雑草が手に負えない。

 

除草液を買ったものの、4.5L蒔いたその日に長雨にたたられ、効果も半減。

 

ユーチューブに頼ると、熱湯も効果あるらしい。購入金額がかからないし、環境にも悪くないし。

 

本日早起きしたので、暑くならないうちに、さっそくやってみた。4Lのヤカンで何往復したか?10回以上は蒔いた。かけた。

 

どうなるる事やら・・・・・

 

早朝から実施したので、11時ころには飽きてきた。日も照ってきたし、家のなかに入り、

その勢いで、お料理をしてみた。

 

ぎょうざの具のワンタン(30個)

先日、奥様が餃子の皮のつもりが、ワンタン皮を間違って買ってきた。しかたなく、包んで、鶏ガラスープでワンタンを作ってみたら、すごく美味しかった。ワンタンのツルットした食感ときめ細かい生地の舌触りが良い。

 

今回も作ってみた。

「トマトをシンプルに焼いてみると、美味しいで」と聞いたので、アラ塩だけでじっくり弱火で15分ほど焼いてみた。

トマトは違う世界に替わり、酸味が消えて、デザートのようにツルンと入る。これは見つけ物でした。

ついでに、開きの魚が冷蔵庫にあったので焼いた。

スーパーで冷凍海老フライを見つけた(298円)。揚げるだけなんで、まあいいか

冷蔵庫に魚肉ソーセージを見つけ、ついでに揚げてみた。塩コショウにしたら、立派なおかずになった。

生春巻きは、前回、初めて作った時、春巻きの皮の戻し方を失敗して、一度に全部湯につけてしまい、皮がくっ付きエライことになったので、

今回、リベンジしてみた。中身は鶏ミンチを中華味にして、春キャベツを数枚ゆでて作りました。

 

早起きはお得です。

 

最近はめっきりと、由紀さおりのマイブームは潜めていたが、ピンクマルティーニとのアルバム「1969」はワタクシのウオークマン入っている。

 

ボーナストラックで「季節の足音」をあらためて聞いてみたら、なかなかのしみじみさでしす。

 

作詞は秋元康。

ちょうど今の時期にピッタリでして、ワタクシの花の木(庭のハナミズキ)愛に響く。

 

本日も、ハナミズキや木香薔薇は陽光に照らされながら咲いていますが、ぼちぼち終わりそうでして。

ワタクシの花の木愛は、多分ですが、三人娘が離れて暮らすようになってからかもしれません。その時期位から、剪定をしだしたから。三人目が家から離れた時、うちの奥様は、レモンの木を植えていた。まだ身を付けるほどではないのですけど、幹も太くなって成長しています。

 

花や植物に目が行き、手入れをするのは、子育ての代償なのかもしれません。

 

 

ユーチュブでジャズを観ていたら、なかなかのシンガー&トランペット奏者に出会った。

 

アンドレア・モティスって言う人ですけど、最初、すごく素直な演奏と感じたので東欧あたりのジャズプレイヤーかと思っていたら、スペイン・バルセロナの、らしい。

 

サマータイムとかいつか王子さまが・・・とか、スタンダードの演奏がすごく初々しい清々しさ。

 

久しぶりのお富さん、て感じで食いついてみていた。

 

それもそのはず、当時15~16歳の少女。昨年2017年の東京でのライブを見つけたが、なぜかつまらなかった。

 

トランペットは上手になっていたが、なんかスレタ感じを抱いた。22~3歳になっていたのか?初期の感動は長続きしないのか。大谷選手も?

 

まあ、長い目で見てみようっと。

 

それにつけても、東欧、スペイン、北欧あたりのジャズはひねくれてない、真っ直ぐさを感じさせてくれる。ニューヨークでは、こんなの受けないと思いますが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マスクやってるヤツ

 

半分以上 花粉症チャウやろ 風邪ひいたんとチャウやろ

 

わし 花粉症やけどマスクせえへん

 

マスクしても花粉は入る いっぺん入ったらくしゃみ止まらん 

 

マスクしてたらヨケイに鼻水ズルズルや

 

古い話でわるいけど、30数年前 東京居った頃

 

マスクしてたんは 恐怖の「口裂け女」くらいや

 

鶴瓶にカンパイで突然訪問された家族 マスクしすぎ

 

そんなにいつもマスクしてんのか

 

どやねん 

 

 

森友加計問題をまだ延々とやっている。野党もヤカラのように突きたおし、与党もその場しのぎの嘘で体裁を塗り固める。メディアも視聴率、購読率を高めるように盛り上げる。

 

官僚は忖度し、嘘がはがれてくる。

 

ワタクシ、森友加計は、もう飽きている。そもそも、無理筋だ。こねくり回して与党のイメージを損なわせ支持率を下げるとして、政権を転換させたところで、数年前の体たらく。どうしたいのか。5党くらいに分かれているのに。

 

与党も、野党も、馬鹿をさらしているように見える。マスメディアも太鼓笛を鳴らして囃し立てているだけのように思える。

国会審議は他の重要問題を放棄し、前に進めない。

 

彼らの目は、国民のイメージを意識しすぎているようだ。選挙イメージ、購読率、視聴率。これをポピュリズムというのでしょうか。

 

大まかに言うと、日本の政治家、行政官、報道陣が劣化している。脆弱になっていると思える。

 

いや、世界中が脆弱になっているような気もする。

 

そもそも、日本は元から劣化してたのかもしれませんが。

 

枯れるのを待つしかないのか、再生するするには。枯れ切るのを。

 

雑草だらけの庭は、薬液まいても、なかなか枯れヘン。

足を痛めたいたので、庭にあまり出られなかった。

 

ちょっと気を抜くと、生えてくるのが雑草、及草花。

 

庭は、義母が手がていたので、ワタクシも、義母の娘であるワタクシの「奥様」も手を出せなかったし、興味も無かったし。

 

義母が床に伏して7年になるが、目につくものは強引に除去したりするが、そもそもワタクシ、庭に対するビジョンがないし、人の物に手出しをしてもいいのか・・・・・・状態で過ごしてきたが、昨年は辛抱たまらす、シルバーに頼んで、除去してもらった。

 

この春を迎えるにしたがって、雑草が目につくようになってきた。

 

ネットで調べてみると、が大体の方向性は見えたが、いまは夏を迎える時期で、とにかく強制的除草を第一段階をして考えている。

 

ラウンドアップ除草剤をたっぷり買って、本日4.5ℓを蒔いてみた。さてどうなるか。

この除草剤としての欠点は、持続性が薄く、何度も手掛ける必要がありそうだが、液を蒔くだけなので、比較的イージーなんです。

 

第二段階で地表を5センチくらい削り、除草シートを敷き詰めその上から砂利を散布する。それでも完全ではないが、かなりなところは解消されると信じている。労力はかなりなもんだと想像するが、適当にこなしていくつもり。だいたい3年のスパンんで。

 

貯金は溜まらないが、雑草とホコリは容赦なく増える。

 

数日前には、庭のハナミズキのつぼみがはじけだした。

昨日頃には開花し始め、本日撮影すると、

こんな感じに開花しました。

 

昨年も咲き始めが早かったが、今年はさらに少し早い。

ハナミズキはソメイヨシノが散りきった頃、4月半ばから咲き始めるが、やはり今年は早い。

 

別に、早くても、少しくらい遅くても、平均気温はそんなに変わらず、温かい日があれば、花冷えの寒い日もあり、雨も降るし、強風も吹く。が、春はやはり来る。

 

うちのハナミズキは、ワタクシにとっての「春」の基準木のようです。

 

今年の厳冬期は、枝の選定をしなかったので、葉が多く感じる。葉が多かったら、夏に養分を取り入れやすいので、来年は花芽がたくさん付くかもしれない。

 

上画像の花枝からは、昨年花が付かなかった。今年は咲いてくれた。

 

ついでに、玄関先の木香薔薇(もっこうばら)も一緒に開花した。

こちらは、多くの蕾を持ち、夏の花火のように、ポコポコ咲いては、散り、散っては咲く。

 

しばらくは楽しめる。

昨年末から今年の1月くらいまでは、「スターウオーズ」にハマっていて、「フォースと共に在らんことを・・・」なんて言ったりしていまし、「紺碧の艦隊」「旭日の艦隊」も全作一気に観てしまったのですけど今は、「カーリング」です。

 

カーリングもワールドカップ的なものがあり、ユーチューブでかなりUPされている。一試合観ているとダイタイ2時間半〜3時間あり、野球の試合くらい?、また、一投一投で局面が変わるので、ハラハラドキドキ感は下手なサスペンス映画より見応えがあります。

 

戦術はダイタイにおいて定跡があるみたいでそんなに変わった戦法には出くわさない。AプランにするかBプランを選ぶかCプランでリスキーに攻めるか・・・・

 

どちらかというと、ゲームでは、フィールドである「氷を読む」「曲りを読む」「コースを読む」「スピード(ウエイト)を読む」

(「空気を読む」これは仕事などでも必要な事)自チームだけでなく、相手チームの投石の軌跡も観る。いわゆる「情報の分析・情報の共有」が主な武器になる。

 

もちろん、投球の技術力と、投球後の軌跡の制御(スイープ)も重要であるが、すごく繊細なので、技量のある人が良い投球をできるとは限らない。その繊細さが、カーリングだけに「薄氷を踏む」ようなゲームであり、成功ショットと失敗ショットは表裏一体であります。その一球に泣いたり、喜んだりする。失敗を恐れず攻めてゆく事や、ミスショットを引きずらず、前向きにポジティブに立ち向かう「メンタル」も重要な要素となっている。

 

オリンピックで言うと、強いチームが必ずしも上位に行くとは限らず、下位のチームが必ずしも弱者とは限らない。

「微妙で繊細な競技」だけに、予選ではチーム総当たり戦にし、半分弱の上位4チームのトーナメントにするのは、総じて合理的な形式と思われます。

 

マイブームは数か月毎に替わっていくみたいで、そのうちに、「カーリング」も関心が無くなるとは思っていますけど、ハマっている時は、ヘビーウオッチャーになってしまいます。

 

日本での選手権大会を観ていると、ダイタイ1984〜5年頃から記録があります。常呂の小栗さんが始めたのが1980年頃らしいので、結構早くから全国大会が始まっています。ダイタイ33年前です。

 

競技者はその前から居ると思われますので、1970年代後半頃から普及したのでしょう。

 

オリンピックに出たのは、1998年の長野大会が始めて正式競技になった時みたいで、今もテレビに出たりしている、敦賀信人(スキップ)、加藤(関谷)章子(リザーブ)が登場しています。

 

加藤章子は中学時代にシムソンズという伝説のチームを創り、今も活躍している小野寺(小笠原)歩、林(船山)弓枝、達と2002年のソルトレーク大会に出ている。

 

加藤がチームを作ったのは中学時代で、競技者や、競技会は有ったとしても、カーリングは黎明期と思われます。そんな新しい競技に夢中になり大人たちと戦ってゆくってのは、大変な事だと思われますし、それほどの魅力が少女たちをとらえたのでしょう。

その向ってゆく姿勢にジャズファンとしては共鳴する。(ジャズファンは関係ないか?)

 

ーージャズで言うと、カルテットであり、各プレイヤーの個性と供応と共有で1×4=4ではなくてもっと爆発的なセッションを引き出せる。カーリングも多分、プレイヤー間でもストーンやスイープの音や咆哮がサウンドとしてココロのハーモニーを共振させていたのでしょう。その共振さえあれば、敗戦も引きずらないとは思われます。ジョンコルトレーンカルテット時代は、それこそ掃いて(スイープ)捨てるほどのカルテット、トリオ、が存在し、それぞれの個性にファンが付いていた事ですし。ーー

 

その次世代は、2006年ソルトレーク大会に本橋、目黒らが加わり、2010年バンクーバー大会にも目黒、近江谷、石崎らが続く。2014年ソチ大会には小笠原、船山に加え、吉田、小野寺の世代が登場。

 

競技が始まって、約30数年でオリンピックメダルを採れるのは、永いようで、結構短い期間だったと思いますが、何につけても、最初に始めだした人々が一番の功労者だと思います。「井戸を掘った人びと」ですね。

 

また、オリンピックに出られなかったチームもたくさんある事を知りました。

 

常呂高校から札幌国際大学に行った吉村(道銀)はじめ、井田、氏原、石垣(富士急)たち、その後のヒトコミュニケーション。軽井沢の園部、小穴、達のフジヤマチームは富士急になり、藤澤、市川が去った後の中部電力を支える松村、清水。札幌学院大学チームの南、北口、夏井坂、井川たち。(彼女たちは、ユーチューブにで確認できた)

 

支援するスポンサーに翻弄されている感はイナメない。彼女たちの夢は、ストーンではじき飛ばされるように、散らばるのか。

 

その選手たちのモチベーションって、小学生、中学生のカーリングにのめり込んだ頃の純粋な気持ちが支えているのでしょう。

2月12日に始まった左足の筋肉疲労により、杖をつく生活をしていたが、3月頃から杖をつかなくてもいけるように回復してきた。いまでは完全とは言えないが、歩けるようになった。

 

杖をついてみて見えてなかったものが多少見えるようになった。

 

それは、通勤で、ターミナルを移動していると、結構杖をついたり、足を引きずったり、足の不自由な人が目につくことです。

 

以前ですと、そんなに感じなかったが、自分がそうなってみると、目につく。

 

みなさん、結構、カカエテいるのですね。見えないココロの中も含めると・・・。

 

早く歩けないから、時間がかかる。

 

階段がつらいから、回避ルートを探し、時間がかかる。

 

電車で座りたいから、早朝の電車に乗る。早く寝て早く起きる。

 

めんどうクサい時は、タクシーに乗り、費用がかかる。

 

そんなあるとき、バスに乗り込むと、席が空いてなかった。若干、手が小刻みに震えている人がいた。ワタクシよりだいぶ年配と見受けた。

 

その人が、席を替わってくれた。「にいちゃん、座っときや」

 

と、おもむろにバスの前方に立って行った。

 

突然の事で、断るすべもなく、座らせてもらったが、あとで、よく見ると、その人も杖を持っていた。

 

「泣かせてくれるぜ!」って、キャラハン刑事(ダーティー・ハリー)の決め台詞を思い出す。

 

話は変わるが、

 

カーリング女子オリンピックで、日本が銅メダルを取った時、多分NHKだと思うが、藤澤選手に、インタヴューしていた言葉が印象的でした。

 

記者「4年前の悔しさが、無駄になりませんでしたね」って。

 

前回のソチオリンピックの選考会で、絶対本命だった中部電力のスキップとして、最後がたがたになりオリンピックに出れなかった藤沢五月に対してのインタヴューだった。

 

「悔しさを。バネによく頑張りましたね」でもよかったが(それでは、少し、上から目線になるか?)、

 

「無駄になりませんでしたね」は、かなり、理性的でデリカシーのある言葉だったと思う。

 

悔しさを味わったり、不自由さを被ったりする事は、そんなに悪いことでもないようだ。

坂本龍一が、今春アメリカ・ニューヨークで行ったコンサート「坂本龍一 PERFORMANCE IN NEW YORK : async」を、テレビで観た。ほんの10数分だけ聞いたが、アカン。ダメ。

 

良いと思わない。感じない。

 

その試みは、現代音楽的な様相を呈していたが、そのこと自体に違和感を覚える。

 

そもそも、彼は現代音楽作家の範疇ではなく、ポピュラー、ポップス、カジュアル、映画音楽、テーマ音楽、商業音楽の大きな円の中にいたと思っていた。その中でも「現代音楽寄り」だとは思いますが。いわゆる世俗的音楽の人間じゃなかったっけ?

 

絵画で言うと、売るために作ったり、作って売る、注文があって作る・・・世界と。

 

表現の発露として作り、あとで、たまたま買い手がつく、というアーティストの世界と。

 

坂本龍一の事はそんなに知っている訳でもないので、推論なんで、間違っているかもしれませんが、少なくとも、ワタクシが先日聞いた上記のコンサートは、現代音楽気取りの素人だまし的パフォーマンスと感じた。

 

現代作にしては、古すぎる。

 

ーー一応、音楽は主観の世界なんで、個人によって感じ方は違うと思いますけど。